2026年3月26日 薬害エイズ和解から30周年 集会への寄稿
私にはこのような原稿を書く資格もないのですが、なんでこの集会に行きたくなるのかな、なんでみなさんにお会いしたくなるのかなと、考えていた時に依頼されたこともあり、恥ずかしいのですが、少しばかり私の思いを綴ります。
私は今障害のある人たちとともに過ごす仕事をしています。いろいろな問題が次から次へと起こります。
今年1年を振り返っても、お母さまが急逝されたことで支援学校への送迎ができなくなり学校へ相談に行ったら、登校はご家族の責任でとスクールバスへの乗車も拒否された学ぶ権利を奪う学校、放課後等デイサービスで事故があったにもかかわらずすでに10か月謝罪も賠償もなく、事故後4か月で事業所閉鎖をして事故などなかったことにしようと考えているとしか考えられない事業者、きわめつけは障害が重いから「学校への登校を控えてください」という支援学校の校長たち、彼が放課後通っていた放課後等デイサービスの事業者からも「学校へ行けないお子さんはうちでもうけれません」と平気で言う事業者。
これはこのまま許しておいてはいけないと、私は仲間たちと抗議の声を上げ、改善を申し入れる。これは個人的な特別の問題ではなく、障害のある人たちみんなの問題であるとともに、すべての人の人権問題だと考え、がんばろうと思いました。
しかし現実は、また何かうるさいことを言っているとみられ、共感はあまり広がらず、改善の展望もすぐには生まれず、なんとなく孤立感が生まれてきて、へこたれそうになるんです。
こんなことがあるからなんです。この集会に行きたくなり、みなさんの顔を見たくなるのは。
みなさんの闘いは必ず正義の旗の下にあると確信しながらも、でも悩みに悩まれながら、誹謗中傷も受けながら、それでもやはり正しい闘いなんだと学びを深め、確信を深め、たとえ共感をしてくれる人が一時的に少なくても、胸を張り、内心は涙しながらも、笑顔で闘い続ける。
ここには、そんな姿があるのです。
遺志を継ぐとはどういうことか、一時的には孤立感を持っても、展望が見えにくくなっても、仲間とともに手をつなぎ、闘い続けることだと思っています。
私が草伏さんから学んだことは、生きることは学ぶこと、学ぶことは闘うことということです。
どこかで生き倒れるまで、みなさんとともに、闘い続けたいと思います。よろしくお願いします。