大分市の障害福祉 夢のたね

そがさんのにっき

JRの駅の無人化には反対です。

JRの駅無人化に反対する訴訟に注目しています。
原告の方々の「移動の自由が奪われる」「私たちは差別のない、健康な人と同じように生きられる社会を」など、全くまっとうな意見だと思います。一方JR九州側は争う姿勢は示すものの理由はまだ明らかにしていません。注目したいと思います。
この問題は車いす利用者だけの問題ではありません。私の周りには知的障害児、発達障害児などの子どもも多くいます。将来の自立についてよく話題になります。私は自立とは「なんでも自分でできること」だとは思いません。「周りの方々に困っていること、できないことをお願いする力」「多くの人に協力してもらい自分のしたいことを実現する力」そんな力をつけることが自立への道だと考えています。
駅の無人化は、まさにこのことの逆の道です。だれにも頼れない、自分でがんばれ、これでは障害などハンディキャップを抱えた方々の人生は大きく制限されます。
私たちの国の総理大臣は「まずは自助」と言っている方です。そんな中、真っ向から障害のある人たちへの「合理的配慮」を求める訴訟を提起されたみなさんを心から応援します。

うれしいJR労働者

朝、大野川の河川敷で気持ちを整えて就労施設に向かう障害を持つ友人がいます。
そこに架かる鉄橋を走る特急列車を見て、よし今日も頑張ろうって。
そんなこんなで1年たちました。
いつも同じ時間だから当たり前ですが同じ列車が来ます。もちろん毎日同じ運転士さんではないでしょうが。
少し前からですが、彼に付き合っているうちのスタッフから「あの特急の運転士さん、彼に挨拶の警笛ならしてくれている、手もふってくれていると」。
ぼくは、そんな美しい話があるわけない、と一蹴しましたが、他のスタッフが行ってもそういうことがあったとのこと、ビックリやら嬉しいやら。
JRは駅の無人化をすすめていて困ったもんだと思っていましたが、やっぱり現場で働く鉄道マンはとっても優しい労働者だ!僕らと同じ労働者だ!

いのちの選別は許せない

 障害のある方たちの生活を支える仕事をしている中で、「大変ですね」「がんばってくださいね」等と障害のある方たちへ声をかけていただく方も多くいらしゃいます。みなさん優しい気持ちからだと思います。優しい地域を造るためにもとてもうれしく感じます。  ただ、人の優しさというのは、人の理性と結んでこそ、みんなに優しくなれると思うのです。もし人の理性と結んでいないと、「大変だから」「頑張らなくてはならないからかわいそう」となり、前の都知事が言ったように「この人たちに人格はあるのか」となり、「生まれてこないほうがよかったのではないか」となるのではないでしょうか。  障害者に対する社会防衛的な排除の考えもあります。あわせてこのような「生まれてきたらかわいそう」という考えも出てくるのです。  出生前診断にまさにこのような危惧を感じます。ダウン症や難病を持っていても幸せに生きていくことができる社会を作ることこそ大事なことではないかと思います。  二度と優生保護法による断種や避妊手術などの悲劇が起こらないことを願ってやみません。